紀元前58年、コンスルの任期を終えた

カエサルはプロコンスルの資格で以てガリア・キサルピナおよびガリア・トランサルピナ等の属州総督に就任した。

ヘルウェティー族がローマ属州を通過したい旨の要求を拒否したことを皮切りに、ガリア人とのガリア戦争へ踏み出すこととなった。

ヘルウェティー族を抑えた後、ガリア人の依頼を受けてゲルマニア人のアリオウィストゥスと戦って勝ち、翌年にはガリアの北東部に住むベルガエ人諸部族を制圧した。

また、ゲルマニアに侵攻してゲルマニア人のガリア進出を退け、ライン川防衛戦の端緒を築いた。

紀元前55年および紀元前54年には、2度に渡ってブリタンニアにも進出した。

最大の戦いは紀元前52年、アルウェルニ族のウェルキンゲトリクスとの戦いであり、このときはほとんどのガリアの部族が敵対したが、カエサルはアレシアの戦いでこれを下した。

これらの遠征により、カエサルはガリア全土をローマ属州とした。

なお、カエサルはガリア戦争の一連の経緯を『ガリア戦記』として著した。

カエサルはこの戦争でガリア人から多数の勝利を得、ローマでの名声を大いに高めた。
update:2010年02月25日